『ぼくの採点表 別巻(戦前篇)』より 『カルメン』評

・1926年版 ☆☆☆★★

 筋書などあらためて書く必要もない「カルメン」だが、これはジャック・フェデーの監督で、ビゼーのオペラではなくメリメの原作小説にもとづいた映画化である。演ずるは、後にチャップリンの「街の灯」の主題歌の原曲「ラ・ヴィオレテラ」を歌い、ぼくもそのレコードを愛蔵していたラケル・メレー。姉御風の魅力を持った人気歌手・女優だった。ドン・ホセには無名の新人ルイ・レルクが起用されている。シナリオはフェデー自身が書いているが、オペラ版と違って周囲の人物を簡略化し、奔放なジプシー女カルメンと彼女のために破滅の道を歩み、ついに闘牛士に心を移した彼女を殺してしまうドン・ホセとの関係に焦点をしぼり、非常にリアルな演出をみせている。外景がすべてロケーションというのもそのリアリズム手法のあらわれだが、カルメンを美化せず、ラケル・メレーの野性的なパーソナリティを生かしているのも独自の魅力で、ぎらぎらした画調が荒々しさを感じさせるのが深く印象に残った。(p190)

・1927年版 ☆☆☆

 こちらはビゼーのオペラを土台にした「カルメン」で、監督はラオール・ウォルシュカルメンは永らくスターダムに輝き続けたラテン系美人のドロレス・デル・リオ。ホセはあまりパッとしないで終ったドン・アルヴァラードだが、好男子でもなんでもないヴィクター・マクラグレンが闘牛士エスカミリオなのが異色で、実はウォルシュ監督の狙いも、この荒っぽいマクラグレンとドロレスの結びつきにウェイトを置くことにある。つまりビゼーの有名オペラの映画化だからとかしこまって観にいくのは馬鹿みたいなもので、アメリカの甘い商業路線ロマンスである。(p190)